美味しいお茶の濁し方(274回目)

事情がありまして最近中々更新できない日々が続いております。
ドロシー>その分私がツイッターに出る機会が増えたけれどね。
どうやってネタを作ろうか考えた結果、先日閉幕したスク水絵日記コンテストにて発表予定だった小説を上げてしまおうかと。ボツにするのも勿体無いし、何よりインスタントにお茶が濁せますからね。
ドロシー>また管理人の黒歴史が増える……。

と言うわけで、以下ボツ小説。






スク水小説「join us!!」





夏。また夏がやってきた。相変わらずあたしは泳げないままだけど、頑張って練習を続けてる。あだ名も「沈没船」から「要救助者」に変わった。あまり嬉しくないけど。友達も増えた。動いてみれば何か変わる。動かないと始まらないのだ。それが、あの夏の日に百合香と泳いで(泳げてないけど)学んだ事だった。そして……また夏がやってくる。


〜〜〜


「う〜もうだめ〜疲れた〜……」
今日も浮くのに必死で全然前に進まなかった。
「あたし本当に泳げるようになるのかな……」
「がんばって千春ちゃん!ゆりか応援してるよ!」
百合香に応援されるととってもうれしいし頑張れると思うけど、彼女も彼女で成績が心配だ。朗らかな顔して全然勉強が進まない子なのだ。正直他人の心配とかしてられないんじゃないかって思う。
「あ、千春と百合香じゃーん。どう?要救助者の具合は良くなったー?」
「う、うるさい!」
理奈は最近出来た友達のひとり。運動神経も良くて頭も切れる凄い子だけど、
「千春のスク水……写真撮ったら幾らになるか……」
ちょっぴりヘンタイ気味なのが惜しい。
「……ねえ理奈ちゃん、あの子……」
百合香が指差す先には一人で黙々と泳ぎ続ける女の子が一人。
「あの子……あー、奈緒子ね。近いうちに水泳大会があるからそれの練習をしてるみたい。本当は泳ぐの大好きな子なんだけど、最近練習ばっかり必死になっちゃってどうも近づきづらいカンジになっちゃってね……本人も思い詰めちゃってるみたいだし……」
確かに奈緒子の周りには誰も近寄っていないみたいだし、実際あれだけの勢いで泳がれると全然近寄れない。
「せっかくのプールなのに、練習ばっかりじゃたのしくないよ……ちょっと奈緒子ちゃんところ行ってくる!」
と言うや否や百合香は奈緒子のところに行ってしまった。珍しく真剣な表情だった。
「あんな真顔なんて百合香らしくない……何か気になるし、あたしたちも行こうか?」
「うん。百合香一人だと心配だし」


〜〜〜


水を切って、水を掻いて、息を継いで。
駄目。全然早くない。
どれだけ練習しても焦りと不安ばっかりで進歩しないし、何かが足りない。
何が足りないのかは分からないけど、不安を取り除く為には泳ぎ続けるしかない。
だからまた泳ぐ。
……どれぐらいたった頃か、遠くからこっちに向かって少女が近づいてきた。
「ねえ奈緒子ちゃん、いっしょに遊ぼうよ?」
楽しそうな表情でこちらに手を差し伸べる。
「いい。わたしは水泳大会の準備で忙しいの。見てわからない?」
こっちの事情なんて遠くから見ていてもわかるはずなのにわざわざ話しかけてくる彼女を少々疎ましく思った。
「でも練習ばっかりじゃ楽しくないよ」
「仕方ないでしょ?練習なんだから。あなたみたいに遊んで時間をつぶす余裕なんてないの」
「そんな……ひどい……」
「あ、ちょっとウチの百合香を何泣かせてんのよ」
半泣きの少女を追ってさらに二人の女がこっちに来る。同じクラスの坂本千春と岡田理奈だ。
「わたしは何もしてません。この子が勝手に泣いてるだけです。理奈さんからも何か言ってくださいよ。去年の大会優勝者の理奈さんならわたしの気持ちもわかりますよね?」
「え、理奈って大会優勝者だったの!?」
「そんなことも知らないんですか!?千春さんはいつも理奈さんのとなりにいるはずなのに……信じられない」
「う、うるさい!ちょっと理奈!そんな凄いことなんで教えてくれなかったの!?」
「別にわざわざ言う程の事でも無いと思って。私は百合香が正しいと思うよ」
「えっ……」
「理奈……」
信じられない。
去年の大会優勝者が練習よりも遊びなんかを大事にするなんて。
「何でですか!?理奈さんは去年の大会の時、練習をしなかったんですか!?」
「したよ、今の君みたいに。でも楽しくなかった」
「当然です。大会で勝つためには練習するしかないんですから仕方ありません」
「そうだね、辛くても優勝する為には必要だもんね。私もそうだった。いつもいつも練習ばっかりしてた。友達とも疎遠になった。それでも練習した。練習ばっかりしてる内に勝たなくちゃって言う気持ちがどんどん大きくなってた。『優勝しないと、こんなに辛い思いをした意味が無い』って。今思えば、後に引けなくなってたんだろうね」
理奈さんは語りつづける。まるで去年の自分を後悔をするように。
「それで去年の8月、私は水泳大会で優勝した。でも何も無かった。何も報われなかった。みんな喜んでくれたけど、見てくれるのは私が優勝したって所だけで、私を見てくれる人は誰もいなかった。気付いたら一人になってた」
先輩は正面から、わたしの目を見て、呟く。
「だからね、奈緒子。楽しまなくちゃ、駄目なんだよ。練習は一旦休もう?泳ぐのが嫌いになる前に」
そっか。
足りないものって、これだったんだ。
さっきまで泣いていた女の子も、理奈さんにつづくように泣きはらした目でわたしに語りかける。
奈緒子ちゃんは何で練習するの?」
「……水泳大会で優勝したいから」
「何で優勝したいの?」
「……泳ぐのが、好きだから」
「……じゃあ、何で奈緒子ちゃんは泳ぐのが好きなのに何でそんなにつらそうな顔をしているの?」
「それは……」
わたしに足りなかったもの。
それは、大好きな水泳を楽しむことだった。
この子の真っすぐな言葉がわたしの心にはとても鋭く響いた。
「ねえ、奈緒子。今からでも良いよ、好きだった水泳を、もう一回思い出そうよ」
理奈さんの目は優しかった。
「でも、わたしには友達もいないし、一人で泳いでも楽しくなんか……」
「じゃあゆりかがともだちになるよ!」
「えっ……」
「わたし、藤沢百合香!これからは理奈ちゃんのともだちだよ!」
「そんな、急に言われても……」
でも、この子となら、友達になれそうな気がする。
この子と一緒なら、わたしに足りなかった「大好きな頃の水泳」を取り戻せそうな気がする。
何となく、そう思った。
奈緒子ちゃん、一緒に泳ごうよ!」
夏の太陽のような笑顔で、百合香はわたしに手を差し伸べる。
「……うんっ」
彼女の手を握ると、とても温かかった。
……冷たいプールで、私は人の温かさを思い出した。


〜〜〜


また百合香が人を笑顔にした。
まるで人懐っこい太陽みたいな彼女の笑顔はいつ見ても幸せになる。
「それにしても理奈がまさか去年の大会優勝者だったなんてホント知らなかった……」
「あーそうそう、それなんだけど、一つ言い忘れた事があってね。水泳大会に優勝した後、周りから敬遠されていた私に初めて声をかけたのも百合香だったんだよ。丁度、今の奈緒子の時みたいにね。だから今でも百合香には感謝しているよ」
「百合香はホントに泳ぐのが好きだから、プールでつまらなそうにしている子がいるといてもたってもいられないみたいなの。それに、彼女の笑顔って不思議とまわりにうつっちゃうんだよね。見ているこっちまで笑顔になっちゃう」
「……本当だ、もう奈緒子にもうつっちゃったみたい」
「……見ているだけじゃもったいないし、あたし達も一緒に泳ごうか?」
「そだね。行こうか、要救助者」
「うるさい!」
……あたしもまだまだ泳ぎは下手っぴだけど、今年の夏も当分退屈しそうにない。


                                   「join us!!」 了